グランフォンド La Campionissimo 2015 参戦記 前編

2015年6月にイタリアで開催された、初のアソス主催グランフォンドイベント、 ラ・カンピオニッシモ。ショート(距離85km獲得標高1850m)、ミドル(155km 3600m)、ロング(175km 4500m)の3つのコースからなる、アルプスの山岳地帯を駆け抜けるグランフォンドです。そのロングコースに挑んだ、当店スタッフ相原の参戦記をご紹介します。 ※こちらのテキストは『サイクルスポーツ』誌 2015年10月号「輪な道」のコーナーに寄稿したものです。

ラ・カンピオニッシモ

ゼッケン1番、ミゲル・インデュライン(ツール・ド・フランス個人総合5連覇)。ゼッケン2番、ルカ・パオリー二(現役 チームカチューシャ)。ゼッケン3番、アンドレア・ザンボーニ(アソス カタログモデル、世界的な強豪トライアスリート)。

そうそうたるアソスファミリーに混ざって、私のゼッケンは何と11番。いくらゲストとは言え、こんなに若い番号は正直、荷が重い。

2010年8月に日本初のアソス専門店を東京の片隅で始めて早5年。その功績が認められた訳でもなかろうが、今回アソスが初めて冠スポンサーとしてグランフォンドイベントを開催するにあたり、私をゲストとして呼んでくれたのだ。

コースを聞くと、ジロ・デ・イタリアでお馴染みのガヴィア峠とモルティローロ峠が含まれているという。自分が走りきれるかどうかはともかく、かねてから憧れていたアルプスの峠。絶対に行ってみたいと思い、頂いたオファーに二つ返事でOKしてしまった。

グランフォンド La Campionissimo は、ショート(距離85km獲得標高1850m)、ミドル(155km 3600m)、ロング(175km 4500m)の3つのコースからなる。どうせならたくさんの峠を越えてみたいとの思いから、迷わずロングコースを選択した。しかし問題はここから。200km近い距離はしばらく走っていないし、獲得標高4000m超は完全に未知の世界だ。3月に話を頂いてから、仕事の合間を見てトレーニングの日々が始まった。

私のプロフィール

そもそも私はと言えば、ロードバイクに乗って約12年。かつては登録してレースに参戦していた時期も僅かにあったが、目立った成績は残せず。レースよりはマイペースで幾つもの峠を越えるような乗り方が好きな、ごくごく平凡なサイクリストである。乗鞍、富士ヒル共に結局70分を切ることが出来なかった中途半端なクライマー。店を始めてからというもの、レースなどには一度も出ておらず、正直、不安要素だらけだった。

ただ、目標を設定して自分なりにメニューを組み、それをこなしていく。そういう行為は嫌いじゃないので、久しぶりに自らを追い込んでいくのを、密かに楽しんでいる自分もそこにはいた。

片道25kmの自転車通勤の中で徐々に地脚をつくっていき、トレーニング期後半には富士スカイライン+あざみライン(100km 獲得3100m)、調布の自宅から富士スバルライン自走往復(255km 獲得4000m)、武蔵五日市スタート7峰走破(210km 獲得5000m)などをこなし、準備を行った。

コースプロフィール

さて、グランフォンド La Campionissimoは2015年6月28日(日)、イタリア ソンドリオ州のスキーリゾートの街、アプリカをスタートし、まず標高2652mのガヴィア峠、次に標高1851mのモルティローロ峠、最後に標高1400mのサンタ・クリスティーナ峠と、3つの峠を越え、再びアプリカに戻ってくるものである。

毎週末のように各地でグランフォンドイベントが開催されているこの時期のイタリア。現地の雑誌の情報などを見ていると、今回のコース、特にロングはかなり難易度の高いコースと位置付けられているようだ。

「イタリアで最もワイルドな峠」と呼ばれるガヴィア峠。「パンターニ伝説の激坂」モルティローロ峠。聞いただけで武者震いがしてくる。全体で約1600人の参加者の内、おおよそ半分がミドルコース。さらにその半分の400人程度がロングコースの参加者のようだ。

アクシデント

当日の天候は晴れ。標高1200mのアプリカの街の朝はひんやりとしているが、風も無く最高のコンディション。本来、私はゼッケンの順だと最前列のゴージャスグループからのスタートのはずだが、私はアソス アジア担当マネージャー、マーカス・オード氏と、彼のお兄さんであるケヴィン・オード氏と共に、長い長いスタート列の中程にいた。

実は今回のレースの数日前に、スイスで軽く自転車に乗った際、見事に右側に立ちゴケ。リアディレーラーを曲げてしまったのである。立ちゴケなんて記憶に無いぐらい普段しないのに、なぜ今? 痛恨の極みだったが、浮き足立っていたのだろう。

アソスのスタッフに取り寄せてもらったディレーラーハンガーをレース前日に交換し、何とか変速できるようになったのだが、今回の為にわざわざ換装してきた最大27Tのギアに入れるとチェーンがスポークに触れてしまう。

レース当日の朝、会場のカンパニョーロのメカブースに行ってみたがブースは空。アソスチームのメカスタッフをスタート直前に見つけて状態を見てもらうも、ディレーラー自体が曲がっているよう。手でディレーラーをグイグイやるが、結局改善できず。そのまま27Tは封印して走ることになった。

何の為にわざわざカセット交換してきたのか。私のような貧脚が34×25Tでこのコースを走りきれるのか…。自分のアホさ加減に嫌気がさす。

スタート前に落ち込んでいる私を見て、マーカスのお兄さんのケヴィンが「今日は俺には弟が二人だ。大丈夫だから心配するな!みんな25Tだ。3人で一緒に行こう。」と声を掛けてくれた。ありがたくて、涙が出そうになった。

いざ、スタート

ジロでお馴染みの、けたたましい会場実況の中、午前7時半、号砲が鳴りいよいよレースはスタート。

スタート後、標高700mのエドロの街までは15kmの緩い下り。この区間は事故の無いよう先頭に規制の車が入り、基本的には追い抜き禁止。しかし、実質的には何の効力も無いようで、選手たちは隙あらば前に行こうとする。そうなると当然、落車や接触が発生し、結構な人数が早くもすっ転んでいる。

イタリアの選手たちは、基本的にほとんどハンドサインなどは出さず、何か前方で起きると、皆口々に「オッキオ!オッキオ!」(occhio = 目:注意しろ)と叫ぶだけ。時折、路駐の車などがあると、一気に列が細くなり、大渋滞が発生する。前方では、マーカスとケヴィンが私を守るように二人並んで走ってくれている。ありがたい。

しばらくすると、前を走るマーカスが「犬がいる!」と騒いでいる。見ると、あるオジ様選手のハンドルに取り付けられたフロントバッグから、小さな犬が顔を突き出して、気持ち良さそうに下りを楽しんでいるではないか!たぶん二人はいつもこうして一緒に走っているのだろう。ヨーロッパのサイクリングカルチャーの奥深さを感じた瞬間だった。

また、こんな出来事もあった。レース先頭にいたはずのルカ・パオリーニが、何か用があったのだろう。下りの途中で停まっていたのを我々が追い抜いた。しばらくすると、大渋滞している集団の右端を、何事もなかったかのようにパオリーニが「スーッ」と追い抜いて行く。現役最強レベルの選手が持つ強烈なオーラを彼の背中に感じていると、かなり前方であったが、彼が鼻水を霧状に噴射した。当然の如く、香水を浴びるかのように、私は頭からありがたく賜っておいた。

本場グランフォンドの洗礼

大渋滞のナーバスな下りを終え、エドロの街を通過すると、まずは標高1260mのスキーリゾートの街、ポンテ・ディ・レーニョの街を目指す。4%程度の勾配が23km続く、緩やかな上り。周りの選手達は大きな集団となり、先頭交代をしながらゴイゴイと進んで行く。

そう。ヨーロッパのグランフォンドは、はっきり言うとレースなのだ。隙あらば人の後ろにぴったりとくっついて走り、体力を温存する。自らの脚力にあったメンバーと20人ほどの集団を作り、効率的に進んで行く。一人で走っている人はほとんど居ない。

また、選手達のバイクを見ていると、サドルバッグなどは全く付いておらず、ボトル1本という人がほとんど。食料などもゲルタイプの物を幾つかポケットに忍ばせているくらい。食料満載、サドルバッグ満載、ダブルボトルに、ポンプ&ライトなどという、完全ツーリングスタイルなのは私一人だけ。

途中でパンクしている人を見かけたが、みんなおとなしくサポートカーが来るのを待っている。水や食料はエイドで補給。身軽に走り、タイムを追求する。ヨーロッパのグランフォンドはそういうもののようだ。当然、写真を撮りながら走っている奴も、私しかいない。

レース前、マーカスに「トイレに行きたくなったらどうするの?」と聞いてみた。そしたら彼は笑いながら「ネイチャー!見てればわかるよ。」と答えた。レース中、選手たちは用を足したくなると、道の端っこや木陰、そこかしこで用を足している。私もマーカスと一緒に、ガヴィアへの本格的な上りが始まる前に用を足しておいた。バック・トゥ・ザ・ネイチャー!

ちなみにイタリアには公衆トイレなどはほとんど無く、コースに仮設トイレなども全く用意されていないので、女性の選手達も皆さん「ネイチャー」してました。男性よりも少し林の奥の方に入って…。