グランフォンド La Campionissimo 2015 参戦記 後編

ガヴィア峠

ポンテ・ディ・レーニョの街を過ぎると、いよいよガヴィアへの本格的な上りが始まる。

山頂まではおよそ17km。スタート前、「心配するな。一緒に行こう!」と励ましてくれたケヴィンを、私は上り区間に入って、あっさりと置いていっていた。ごめん、ケヴィン。ひたすらフラットな土地のオランダに住んでいるケヴィンは、上りが苦手のようだった。

山頂まで残り10kmを切るくらいから、道幅はさらに狭くなり、車がすれ違うのが困難なほどの狭さになる。勾配は手元のメーターだと常に12%前後。つづら折れのヘアピンカーブが続き、瞬く間に高度を稼いでいく。しかし、ギアは25Tまでで特に問題ない。そもそも普段から27Tは使ったことがないのだ。

それにしても素晴らしい景色。日本でも相当あちこちの峠を走ったが、それとは比較できないほどのスケールの大きさ。ガードレールの無い道路の向こう側には、あらゆる方角に切り立った岩壁と谷が広がる。あまりの景色の美しさに、時折目頭が熱くなる。

後半に脚を残すよう、マイペースで走りながら、ひたすら写真を撮りまくった。ガヴィア名物、14%程度の急勾配、且つ真っ直ぐで真っ暗な1km程続くトンネルを越えると、彼方に頂上が見えてきた。早く頂上へ辿りつきたい思いと、この素晴らしい上りが終わって欲しくない思いが、ない混ぜになる。

10時半、マーカスと共にガヴィア山頂に到達。思った程寒くはなく、気温は12℃ほど。驚いたのは、サポートカーに乗って先回りしていたアソスの社長、ローチ・マイヤー氏がサイクリスト一人一人を出迎えていたこと。我々にも気付いて、私を抱きしめ労ってくれた。

55km地点のここが、初めての本格的なエイドステーション。この辺り、15kmごとにエイドが現れる日本のイベントとは大違い。飲み物だけでなく、フルーツ、パン、ハム、チーズ、中にはワインなども振舞われている。しかしどの選手達ものんびりはせず、補給を済ませるとさっさと先に進んでいる。マーカスと私は、遅れているケヴィンを待っていたが、30分経っても来ないので、私だけ先に進むことにした。11時ガヴィア峠出発。

長い下り区間

ガヴィア峠からの下りの景色も、とにかく素晴らしかった。TVで観ていたあの景色の中を、自分が走っている。未だに信じられないような気分だ。北側斜面を下るので、進行方向に屏風のようにアルプスの峰々が見える。どこをとってもフォトジェニックで、乗りながらパシャ。自転車を停めてパシャ。他の選手の迷惑にならないよう配慮はしたが、またまた写真を撮りまくり。キャー、パシャ。キャー、パシャ。俺は林家ぺー、パーか。

北側ルートは、上って来た南側ルートよりもずいぶん勾配が緩めの高速の下り。時折テクニカルな区間があるものの、ぐんぐんスピードが乗ってしまう。気分は「イル・ファルコーネ」。好きだった選手、パオロ・サボルデッリのように下っているつもりだが、イタリアの選手達は集団を形成し、私より10kmは速い速度であっという間に追い抜いていく。とにかく向こうの選手達は下りが速い。その中には時折女性の選手も混ざっており、唖然とさせられた。

標高1200mの温泉リゾートの街、ボルミオを過ぎ、そこからはアッダ川沿いをなだらかに下る。コース内、ある程度の時間まではきちんと一般車の通行が規制されており、ルート上の要所にはスタッフが立っているので、道に迷うことはなく、安心して走ることができた。

モルティローロ峠

ガヴィア山頂から下ること55km。スタートから110km地点でマッツォの街に到着。12時45分。いよいよ噂のモルティローロの上りだ。ちょうど上りが始まる前にエイドステーションがあった。メカニックブースもあったので、リアディレーラーを見てもらおうかと思ったが、何人もが既に列を作っていたので諦めた。もはや、あがいても無駄だということ。腹を括ろう。

「モルティローロ」の「Morto」とは、イタリア語で「死」を意味するらしく、非常に不吉な名前らしい。もっとも名前だけではなく、今回のルート、マッツォから12.4kmの上りは平均10.5%、最大20%というヨーロッパを代表する激坂である。1994年のジロで、マルコ・パンターニがインデュラインにこの上りで勝ち、一躍スターの仲間入りをした峠としてつとに有名だ。

峠は意外と地味な感じで始まった。民家の裏の狭い道を進むと、いきなり15%の上りが始まる。道幅はここも狭く、車1.5台分程度。いかにもアルプスを駆け上がっているようなガヴィアとは違い、緑の丘を上るような長閑な道である。ただし手元のメーターの勾配は常に18%前後。長閑な景色とのギャップが大きい。結果として、モルティローロは最初から最後まで、12kmずっと斜度が変わらなかった。ひたすら激坂が続く。例えるなら、八王子の和田峠を4回くっつけた感じ…に近いか。

結構な数の選手たちが、この峠では足をついて時折休んでいた。もちろん私も同様に苦しみ、27Tが使えないことを多少恨めしくは思ったが、足を付くほどではなかった。25Tのシッティングでゆっくりと足を回す。「あの時の富士あざみラインでの練習の方がキツかったぞ。」自分に言い聞かせながら、我慢してペダルを踏み続けた。コンクラーベ!

そしてついに頂上へ。下からおよそ1時間半かかっている。今年のジロでコンタドールは40分台で上がったんだっけ。一番遅い選手も確か1時間8分と聞いた。ありえねぇ…。ただ自分の中では1時間半かかるだろうと思っていたので、想定通り。ここまでは悪くないペースで来ている。

最後の峠、サンタ・クリスティーナ

モルティローロを終えると、道は稜線上の狭い道をほとんど平坦に進む。軽快な道だ。最後の坂に備え、のんびり走っている私の横を、他の選手達はガシガシ踏んで追い抜いていく。木の隙間から時折、眼下に美しい景色を望む。「意外とあっさり上れちゃったな。」モルティローロを無事クリアし、ホッとしている自分がいた。

稜線上の道は徐々に高度を下げ、標高1200m。ついにスタート地点であるアプリカの街に帰ってきた。この時点で距離150km。獲得3500m。時刻は15時。スタート地点の賑やかなバナーがはためく中、真っ直ぐ進めばそこはミドルコースのゴールだというのに、ロングコースはその直前で、無情にも裏道に誘導され、さらにもう一本、サンタ・クリスティーナの上りを課せられる。

コソっと裏口から出るように、ロングコースの選手達はアプリカの街を通過し、わざわざ標高770mまで下る。そこから3つ目の上りのスタートだ。

「モルティローロ後に吐いたセリフ、撤回させて下さい。」距離7km、獲得600m。余裕だと、高をくくっていた最後の峠で、お約束の大ブレーキ。平均8.5%最大16%のプロフィール。平常時で見れば素直にキツいと感じる峠。前の2本の峠にインパクトがあり過ぎた為、目に入らなかった。

先の2本の峠で脚が削られているからなのだろうが、ここの上りが本当にキツかった。ここでこそ27Tに入れられたら…。何度もそう思った。メーターの勾配は常に13%程度を示している。私以外の選手も皆同様のようで、結構な数の人達が、最後のこの区間、うんざりした顔をして、暫し足をついて休んでいた。

ゴール

何の景色も望めない、ただ距離と標高を稼ぐ為に付け足されただけのようなサンタ・クリスティーナ峠。特にラスト1kmは、止まるような速度で何とかクリア。再びアプリカの街に帰ってきた。今度は真っ直ぐゴールに進める。時刻は16時16分。ついに私のグランフォンドが終わった。ゴールの制限時刻16時半にあと14分だった…。

ゴール後、ミドルコースで走り終えたマーカスとケヴィンに合流。何とかロングを走り切れたことを伝えると、彼らは自分のことのように喜んでくれた。アソスチームのテントの中では、日本から来た素人くさい私が、ロングを完走出来たことに皆驚いていたようである。走れない奴は相手にされないアソスファミリーにおいて、ようやく少しは認めてもらえただろうか。

信じられないような素晴らしい景色と、ジロの歴史を感じられるコースを堪能し、とても貴重な経験をすることが出来た。また、今回の旅は、アソス関係者をはじめ、多くの仲間が出来たこともあり、私にとっては一生の思い出になりそうだ。

このような機会を与えてくれたアソス社と日本のアソス代理店、(有)ダイアテックプロダクツに心より感謝したい。