どうも、ASSOS PROSHOP TOKYO の常陸(ひたち)です。
つい先日、いつもお店に来ていただけるお客様2名と一緒にライドへ出掛けて来ました。常陸さんオススメのルートを案内して欲しいというリクエストもあり、それならばと、私自身久しぶりに行きたいと思っていた軽井沢方面へ。私を含むメンバーの走力を鑑みて、コースプロフィールは距離にして140km前後、獲得標高3,000mに設定。その時の様子を簡単なレポートにまとめてみました。

まだ5月半ばだというのに全国各地で30℃越えの真夏日を記録したこの日、我々がクルマで向かった先は、信越本線の群馬県側の終点横川駅。そこから始まる今回のライドは、浅間山を中心に反時計周りに大きなループを描くもの。軽井沢を起点とする人気イベント「グランフォンド軽井沢」の拡大版といったところでしょうか。

今回のハイライトは大きなくくりでいうと2箇所。その一つが序盤に登場する碓氷峠です。国道18号の「碓氷旧道」と呼ばれる区間を経由して群馬から長野へと越境を試みます。旧中山道の坂本宿の面影が残る整然とした街並みを抜けると、ほどなくして現れる「霧積」方面の分岐を示す道路標識。ミステリー小説好きなら森村誠一の「人間の証明」がすぐに思い浮かぶでしょう。小説の舞台となった霧積温泉「金湯館」を覗いてみたいという好奇心を駆り立てられるも、そんな寄り道している時間なんてある筈もなく、後ろ髪を引かれる思いで通過。

真夏並みの強い日差しも、ここでは生い茂る樹々がフィルターとなって柔らかい光に。自然の懐深さを感じます。

碓氷旧道を走っていて最も心に焼きつく光景といえば、碓氷湖を過ぎたあたり、ブラインドコーナーの先に突如現れる煉瓦作りの巨大なアーチ橋。めがね橋の愛称で親しまれる「碓氷第三橋梁」は、かつて横川と軽井沢の間を結んだアプト式鉄道の遺構です。

風化した煉瓦から時代の移り変わりを感じずにはいられません。今ではすっかり自然の中に溶け込んで、なんともロマン溢れる佇まい。竣工は明治25年(1892年)というから、今のような重機なんてなかった時代にこれを人力で作ったのかと思うと、昔の人の根気強さに頭が下がる思いです。

サイクリスト的な観点で碓氷旧道を評するならば、“初心者でも登りやすい峠”。距離11km、標高差500m、平均勾配4~5%と、全般的に緩やかな登りが続きます。184ものカーブで構成されていると聞くと気が重くなりますが、実際に走ってみると減速を強いられる感覚はほとんどなく、スイスイ〜って感じ。剛脚自慢のライダーならフロントギアをアウターのままクリアしてしまうでしょう。

あっという間に184番目の最終カーブへ。ここから先は長野県の軽井沢町となります。しかし、これで碓氷峠を越えたと喜ぶのはまだ早いというもの。碓氷旧道のピーク=碓氷峠と思われている方も多いようですが、本来のというか、旧中山道の碓氷峠はここから北に向かって直線3kmほど、標高もさらに高いところに位置しています。

言うなれば「シン・碓氷峠」。我々もそこへ向かいます。
いったん国道18号を離れ、左手に浅間山をチラリと眺めながら町道三度山線を登っていくことに。

三度山線は距離5.8km、標高差230mほど。クルマの往来は少なく、森の中に別荘が点在する閑静なエリア。上に行くしたがい、芽吹いたばかりの新緑が眩しさを増していきます。

県道133号と合流したところがほぼピーク。峠の茶屋が軒を連ねる袋小路に入っていくと、群馬県と長野県にまたがる「熊野皇大神社」が出迎えてくれます。正確に言うと、群馬県側が「熊野神社」、長野県側が「熊野皇大神社」という二つの神社から成り立っているとのこと。なんだかややこしですね。

面白いのが、石段の両脇に鎮座する「峠のこまいぬ」。但し書きによると室町時代中期の作らしいのですが、造形がシンプルというか、ラフ過ぎるような…。

長野県側の社殿の奥へ進んでいくと、御神木の「しなの木」がドーン。
開運・縁結びのご利益があるそうです。

こちらは碓氷峠の「見晴台」。熊野皇大神社から歩いて数分のところにあります。正面に見えるギザギザした稜線は上州の妙義連峰ですね。どっちを向いても山、山、山。まさに上信国境のど真ん中といった趣。いにしえの旅人にとって碓氷峠が大きな難所だったというのも頷ける話です。

「シン・碓氷峠」を制覇したと言わんばかりにドヤ顔を決めるオッサンたち。今のところ全工程の15%程度しか進んでいないんですけどね。この先どうなることやら。
 ~ 後編へ続く ~

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